横浜地方裁判所 昭和42年(行ウ)5号 判決
横須賀市若松町一丁目二一番地
原告
横須賀勤労者音楽協議会
右代表者委員長
古沢弘
右訴訟代理人弁護士
山内忠吉
同
岡崎一夫
同
池谷利雄
横須賀市上町三丁目一番地
被告
横須賀税務署長
浅見千雄
右指定代理人(第五号、第一六号、第二一号事件につき)
野崎悦宏
高林進
永井剛
土屋茂雄
角義隆
鈴木勇
志摩為邦
同(第五号事件につき)
帯谷政治
同(第二一号事件につき)
白井文彦
同
鴫原久男
右当事者間の昭和四二年(行ウ)第五号、第一六号、第二一号課税処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の求める裁判)
第一原告
一 被告が原告に対してなした別紙目録(一)ないし(三)記載の各入場税および同加算税の課税処分はいずれもこれを取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二被告
一 主文と同旨。
(当事者双方の主張)
第一原告
一 原告は、横須賀市およびその周辺の組合、職場、学校その他における三名以上の音楽愛好者をもつて組識されている団体であつて、会員を基礎とする自主的な企画運営により、良い音楽を多くの人達で聞く一切の活動を行いわが国のすぐれた音楽遺産を継承し、その普及と発展に努力するとともに、海外の諸民族の音楽文化に学び、会員の人間的成長と、社会の進歩に役立つ音楽文化を創造することを目的とするものであつて、規約を有し、これにより代表の方法、最高決議機関の組識および運営の方法、財産の管理等が定められ、右目的達成のため、定期的な音楽会の開催(いわゆる例会)その他の活動をしているが、法人格はなく、民事訴訟法四六条に規定する「法人に非ざる社団にして代表者の定あるもの」、すなわち、いわゆる人格なき社団に該当するものである。
二 被告は原告に対し、原告の右例会が、入場税法二条一項に規定する「催物」に談当し、原告の会員の納入する会費が、入場料金に該るとして、別紙目録(一)ないし(三)記載の各入場税および同加算税の課税処分(以下別紙目録(一)ないし(三)にしたがい、「第一ないし第三課税処分」と、以上を合わせて「本件各課税処分」という。)をなした。
三 しかしながら、原告に対する右入場税および同加算税の各課税処分は、次の理由によりいずれも違法であり、したがつて各課税処分は取消されるべきである。
(一) 原告には法律上の人格はなく、入場税法上租税義務の主体となり得ない。
原告は前記のとおり人格なき社団であるが、入場税法には人格なき社団に関する規定は存せず、したがつて原告は納税義務者ではない。法人税法一条二項、五一条、所得税法一条七項、七二条、相続税法六六条には、いずれも人格なき社団について法人とみなす旨の規定をおいてその納税義務を定め、さらに人格なき社団に関する両罰規定の定めもある。これに対し、入場税法には人格なき社団を納税義務者とする旨の規定がなく、結局租税法定主義(憲法八四条、三〇条)をとるわが国の税制下においては、原告は納税義務者ではないというべきである。
(二) 本件各課税処分の対象となつた原告の例会は、入場税法二条一項の「催物」に該当せず、したがつて原告は、同条二項の「主催者」には該らない。
例会は原告の会員が会費を拠出し、会員の総合的意思に基づいて企画をたて、音楽家、舞踊家等に上演を依頼し、会場を借入れ、音楽、舞踊等を上演して、会員に限りこれを観賞するものであるが、これは会員各自が共同して上演し観賞するものであつて、原告が上演して第三者に観賞せしめるものではない。入場税法二条二項は、「この法律において「主催者」とは・・・・・興行場等をその経営者若しくは所有者から借り受けて催物を主催する者をいう。」と規定し、さらに右にいう「催物」の意義については、同条一項において、「この法律において「催物」とは、前条各号に掲げる場所において映画、演劇、演芸、音楽・・・・・その他政令で定めるこれらに類するもので、多数人に見せ、又は聞かせるものをいう。」と規定している。すなわち音楽、舞踊等を第三者である「多数人に見せ、又は聞かせる」のが催物であり、これが入場税の課税対象となるものである。
してみれば、前記のような原告の例会は、入場税法二条一項の「催物」とは言い得ず、したがつて原告は同条二項の「主催者」には該らないものである。
(三) 原告は、入場税法三条が規定する「入場料金」の「領収」を何人からもしていない。
入場税法二条三項は、「この法律において「入場料金」とは、興行場等の経営者又は主催者が、いずれの名義でするかを問わず、興行場等の入場者から領収すべきその入場の対価をいい・・・・・」と規定している。しかしながら原告の会員が拠出する会費は、会員たる身分の取得および存続のための条件であつて、会員は例会の音楽等を観賞すると否とにかかわらず会費を拠出する義務があるのであり、また拠出された会費は単に例会の諸費用にあてられるだけではなく、原告の行う機関紙、ニュースの発行、その他種々のサークル活動等広汎な自主的諸活動のために使用されるのである。すなわち、原告の会員の拠出する会費は、音楽、舞踊等を観賞するための入場の対価ということはできず、したがつて、原告は入場税法に規定する「入場料金」を「領収」していない。
(四) 入場税法は憲法二五条に違反する。
入場税法は、昭和一三年に、いわゆる支那事変の戦費を調達するために設けられた臨時戦時課税であつて、制定当初から軍国主義的、文化否定的、臨時的性格を具有し、平和国家、文化国家を宣言した現憲法のもとにおいては廃止されるべきである。
わが憲法二五条の規定する「健康で文化的な生活」の中には、国民のなす映画、音楽等の観賞が当然に含まれているところ、これに対し、国は国民の文化生活向上のため積極的に努力しなければならない義務があるものである。
しかるに現在、入場税の年間約一〇〇億円(ただし、音楽、舞踊等に対する入場税額は約七億円弱)のほとんどすべてを実質的に負担しているのは、経済的に余裕のない低賃金、重税、高物価にあえいでいる貧しい大衆である。入場料金に対する一割の入場税は、低賃金のわが国の勤労者にとつて決して少ない負担ではない。そしてそれは同時にわが国の文化の発展を著しく阻害し、国民の文化的生活を営む権利を侵害するものであつて、憲法二五条に違反するものというべきである。
(五) かりに、入場税法が憲法二五条に違反しないとしても、原告に入場税を課することは憲法二五条に違反し、無効である。
原告は、主として勤労者によつて組織されている団体であり、勤労者をも含めて、人が憲法の保障する人たるに価する生活を営むためには、時には音楽、舞踊等を聞きあるいは見ることが必要であるが、一般の興行主の音楽等の興行は極めて高価であつて、勤労者の少ない収入をもつてしては自己の生活を犠牲にしないかぎり、これを聞きあるいは見ることは不可能であり、しかもその興行内容は、勤労者の健全な文化的欲求を満すものではない。そこで勤労者が自らの力で組織を作り、自ら文化的欲求を満し、さらにわが国の音楽文化を推進発展せしめているのが原告であつて、かかる原告に対して、国は援助すべきであるにもかかわらず、その健康な音楽文化の育成義務をはたさず、かえつて原告に入場税を課することは、憲法二五条に違反するものというべきである。
四 原告は被告がなした別紙目録(一)ないし(三)記載の各課税処分に対して、その所定期間内に被告に対し異議の申し立てをしたが、いずれも棄却されたので、さらにその所定期間内に東京国税局長に対し審査請求をなしたが、第一課税処分については昭和四一年一二月六日、第二課税処分については昭和四二年四月一二日、第三課税処分については同年七月一一日それぞれ棄却され、その旨の通知を受けた。
五 よつて原告は被告に対し、本件各課税処分の取消を求めるため本訴におよぶ。
六 被告の主張中、別紙目録(四)ないし(六)記載の各催物の開催日欄の日に借り受けた開催場所欄の興行場において、各当該催物の種類、内容欄の音楽ないし舞踊を上演し、入場人員欄の多数人に見せ、または聞かせ、各人から一人一回の入場料金欄の金員を受領したことは認める。ただし、右金員が入場料金であることおよび領収料金総額欄、課税標準額欄、入場税欄、加算税欄の各項についてはすべて争う。
第二被告
一 原告の主張中、第一、第二項および第四項の事実はいずれも認める。
二 その余の原告の主張はすべて争う。
三 本件各課税処分には、原告主張のような違法はない。
(一) いわゆる人格なき社団である原告には、入場税納付義務がある。
1 人格なき社団の法律上の地位について。
(1) 原告が代表者の定めのあるいわゆる人格なき社団としての実体を備えた団体であることは原告の主張からも明らかであるが、右社団の要件としては、その構成員が存在して一定の根本組織を定め、これによつて目的遂行のための意思決定や業務の遂行をなし得る実体が備わり、自然人と同様に社会的作用を担当し得るものと認められることが必要であり、かつ、これをもつて十分であり、かかる社団が社団法人としてその実体を同じくするものとして把握され、その社会的作用ないし活動に着目して社会通念上組織的統一性を有する社会生活の単位としての法律的地位を認められているのである。原告は、音楽演劇愛好者たる会員を構成員として、団体としての一定の根本組織を定め、これによつてその目的を遂行するため、最高決定機関である総会において実践基本方針等団体の意思を決定し、これに基づいて委員会が具体的な実践方針を決定し、運営委員会がその業務の遂行にあたつている実態からみても、これが法律上の独立した地位を認むべき人格なき社団であること疑問の余地はなく、また原告は、その構成員たる各サークルないし会員の増減変動と無関係に団体としての統一性を持続していることも明らかである。
(2) しかして、人格なき社団たる団体は、対外的にはその代表者を通じて自己の名において有効に私法上の契約を締結でき、同時に法律上の単位としての存在を認められ、独立した社団自体の名誉ないし社会的信用は、その構成員のそれとは別個に自然人および法人のそれとならんで保護され、対内的には、その財産は、その実態に鑑み、各構成員の共有に属せず「総有」に属するとされているのである。
(3) しかるに原告は、原告の「サークルを基礎とした自主的、民主的運営」をもつて、他の人格なき社団と性質を異にする社団である旨主張するごとくであるが、およそ社団たるものは、その目的、構成員等の如何に応じて、程度の差こそあれ、それ自体の独自性ないし自主的、民主的運営方法を有するものであることは当然であるから、それらは事業運営上の特色として理解すれば足り、その独自性如何によつて社団としての法的性格ないし地位に質的差異を生ずるものではない。
2 入場税法上における人格なき社団の地位について。
(1) 税法のうちでも、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法一条七項(以下同じ。)、昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法一条二項(以下同じ。)、相続税法六六条一項等においては、「法人でない社団又は財団で管理人又は代表者の定めがある」人格なき社団について明文をもつて規律しているが、それは右各税法の規定の仕方の特殊性に由来するものである。
すなわち法人税法は、一条一項においては納税義務者を「法人」に限定してこれを基礎にした構成をとつているため、法人格を有しないが、「法人」と同様に独自の社会的活動を行つている団体が存するところに着目して、これを右同様の法規制の対象とするために同条二項にみなす規定を設け、所得税法は、一条一、二項において、相続税法は一条および同条の二において、いずれも納税義務者を一定の「個人」と限定しているため、各同法上右「個人」以外のものでもこれと同様に取り扱うことが相当と認められる領域において、右「個人」を基礎とした各同法体系の適用をこれらにおよぼすためにはその旨の特別規定が必要となり、人格なき社団については前記のような各みなす規定を特設したものであり、なかでも相続税法六六条四項は一定の法人をすら「個人」とみなして、同法条によつてこれを規制さえしているのである。
(2) このように、納税義務者として「法人」または「個人」とその人格性を明記し、これをその基礎として条文を構成しているいわゆる直接税法に対して、入場税法は、その納税義務者を「経営者」または「主催者」と規定し、これらの者が同法二条三項にいう入場料金を同条一項の興行場等への入場者から領収することをもつて、その課税要件としているのである。
入場税は、いわゆる間接税の一種として、前記興行場への入場についてその娯楽的消費支出に担税力があると認め、「入場料金」なる経済的負担に対して課せられるものであり、納税義務者は、入場者から右課税対象となる「入場料金」を領収するものとして規制されているのであるから、右納税義務者のうち「主催者」についてみれば、その法人格の存否およびその態様の如何にかかわらず、社会生活上の統一的活動体として、その名において当該興行場等をその経営者または所有者から借り受ける契約、当該「催物」のための演奏者、演技者等との出演契約、その広告、宣伝、会報等関係印刷物の請負契約の締結および関係諸経費の支払い等の契約当事者として活動し、現実に催物を行ない、入場者から入場料金を領収する等いわゆる「催物」を主催し得る法的地位を有するものであれば足りるものである。
(二) 被告は、原告の実体からみて、原告は入場税法二条にいう「主催者」に、原告のいわゆる例会は「催物」に、いわゆる会費等は「入場料金」に、例会場に入場して音楽等を聞きまたは見る多数の者は「入場者」に各該当するところから、原告に対し、興行場への入場者から領収する入場料金について、入場税を課するべく本件各課税処分をなしたもので、右処分に何らの違法はない。
1 例会は「催物」である。
別紙目録(四)ないし(六)記載の各年月日に、横須賀文化会館において音楽会等が開催されたが、同目録「開催場所」欄記載の場所は、入場税法一条一項該当の場所で、同法二条にいう「興行場等」であり、「催物の種類内容」欄記載の演奏家または音楽家らがピアノやヴアイオリンを演奏し、または独唱、合唱することが「音楽」であり、その他が「演芸等」であることも明らかである。例会はこのような「興行場等」において、「音楽、演芸等」を「多数人に見せ、または聞かせるもの」であるから、それが「催物」であることは明白である。
2 原告は、催物の「主催者」である。
(1) 前記のとおり、原告は人格なき社団であつて、いわゆる例会は、原告自身の事業として行なわれるものである。すなわち、例会を開催するについては、原告の意思決定機関である総会において例会の年間企画の大綱が定められ、委員会においてその実施方法を具体的に決定し、これに基づいて原告の業務執行機関である運営委員会が例会開催に必要な諸準備をなし、これを実施していくという方法がとられている。すなわち例会における上演種目を選定し、実現している者は原告である。
(2) また同目録記載の日時に催物を開催するにあたつては、原告が興行場等をその所有者から借り受けているものである。
(3) さらに原告は、例会開催に必要な諸経費を自己の負担において出費し、会費は原告の収入となり、要するに例会は原告の計算において開催されている。
3 会費は、「入場料金」である。
いわゆる原告の例会において、催物を見たり聞いたりするためには、あらかじめ原告に会費を納めなければならないが、会費を納めた場合には当該催物の行なわれる「興行場等」に入場する際、呈示を求められる整理券等が交付される。この整理券等や呈示すれば入場が許されるので、この整理券の譲渡をうければ、原告の会員として登録されていない者も例会に入場できるのであるから、会費が入場の対価、いわゆる「入場料金」であることは明らかである。したがつて、また、整理券等により入場して音楽等を見たり聞いたりする多数の者は入場税法にいう「入場者」に該るものである。
(三) 入場税法は憲法に違反しない。
原告は、入場税法は憲法二五条に違反する旨主張するが、国家活動を當むにあたつて必要な財力は、これを租税として広く国家の構成員たる国民から徴収する必要があることは、国家の財政的基礎を保持し、国家活動の運営を全たからしめるうえに極めて緊要なものであることはいうまでもない。そこで憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と規定し、同法八四条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と規定している。そして入場税法も国の租税政策に基づき、前記のとおり興行場等への入場については、娯楽的消費支出に対して担税力があるものとして、その経済的負担に対して入場税を課そうというものである。現行入場税法は右趣旨に基づいて昭和二九年法律第九六号として制定され、数次の改正を経て、さらに昭和三八年法律第一三三号、昭和三九年法律第一二九号により改正されたものであり、前記憲法三〇条、八四条に基づく法律であつて、もとより合憲なものである。
原告の主張するところは、結局国家の租税政策の一般的当否を糾弾するにとどまり、もともと裁判所の権限外の事項について、その判断を求めようとするものであり、右主張は不適法というべきである。
(四) 原告に入場税を課することは憲法に違反しない。
原告は、原告に入場税を課することは憲法二五条に違反する旨主張するが、もともと入場税は、前記のとおり娯楽的消費支出に対して担税力があるものとしてその経済的負担に対してこれを課そうとするものであつて、本件各課税処分も法律にしたがい、課税要件の充足の如何を判断して行なわれたものであり、それは同窓会、婦人会、青年団等他の権利能力なき社団に対するものと全く同様である。したがつて原告に対して本件各課税処分がなされたからといつて、その当然の結果として、原告の会員らが原告の主張する映画、演劇、音楽等を観賞することができなくなり、その結果、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができなくなるわけでないから、入場税法が憲法二五条に違反するという原告の主張は理由がない。なお同条にいう「国民」の中に、法人、人格なき社団を含まないことは明らかである。娯楽的消費支出に対して入場税を課さなければならないという租税政策の要求は、いわゆる生活権の論理によつて単純にこれを覆すことのできないものであつて、憲法二五条の趣旨は十分尊重されなければならないが、そのことと入場税を課することができないということは全く別個の問題である。
さらに、憲法二五条の法意は、国家は国民一般に対して、概括的に健康で文化的な最少限度の生活を営ましめる責務を負担し、これを国政上の任務とすべきであるという趣旨であつて、この規定によつて、個々の国民が直接国家に対して具体的、現実的にかかる権利を有するものではないのであるから、憲法二五条にいう生存権には、憲法三〇条、入場税法三条の規定に反して納税義務を否定するような具体的権利を含むものではない。
四 原告は、別紙目録(四)ないし(六)記載のとおり音楽等の催物を上演し、会費名義で入場料金を領収して会員らにこれを観賞させたので、被告は別紙目録(一)ないし(三)記載のとおり各課税処分をなしたものである。
(証拠)
第一原告
甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三ないし第一五号証を提出し、証人根岸幸夫、同宮森正義、同牧野弘之、同鈴木厳の各証言の結果を援用し、乙第六号証および同第一二号証の一、二の各成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも認めると述べた。
第二被告
乙第一号証の一、二、同第二ないし第一一号証、同第一二号証の一、二、同第一三ないし第一七号証、同第一八、第一九号証の各一、二、同第二〇号証の一ないし三、同第二一号証の一、二、同第二二号証の一ないし四、同第二三号証の一ないし三、同第二四号証の一ないし四、同第二五号証の一、二、同第二六号証、同第二七号証の一ないし五、同第二八号証の一、二、同第二九号証を提出し、甲号各証の成立は、いずれも認めると述べた。
理由
一 原告主張の第一の一(原告の性格、目的等)、同二(本件各課税処分がなされたこと)および同四(本件各課税処分に対する異議申し立ておよび審査請求等の手続を経たこと)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一三ないし第一五号証、証人根岸幸夫、同宮森正義、同牧野弘之の各証言によると、原告は右目的達成のため、昭和四〇年九月に設立された団体であつて、法人格を有しないものであるところ、その機関として、総会、委員会、運営委員会、代表者会議がおかれ、代表の方法、総会の運営、財産の管理等にわたつて規約による定めがなされ、右各議決機関の議決に基づいて原告の代表者(委員長)らが、事務局長らの補佐により、原告の名と責任において、音楽家ら出演者との出演契約、例会会場の所有者、経営者らとその賃貸借契約を締結するなど業務の遂行にあたつているものであつて、原告の個々の会員は右各行為の法的効果の帰属主体とはなつているものではないことがそれぞれ認められる。
二 原告は、本件各課税処分はいずれも違法である旨主張するので、以下順次判断する。
(一) 原告の主張第一の三の(一)について。
原告は、入場税法には人格なき社団を納税義務者とする規定がない以上、原告に納税義務を課することは、租税法定主義に反し許されない旨主張する。
入場税法三条は、「興行場等の経営者(当該興行場等について別に主催者がある場合を除く。以下「経営者」という。)又は主催者(以下「経営者等」と総称する。)は、興行場等への入場者から領収する入場料金について、入場税を納める義務がある。」と規定し、同法二条二項は、「この法律において「主催者」とは、臨時に興行場等を設け、又は興行場等をその経営者若しくは所有者から借り受けて催物を主催する者をいう。」と定義しているところ、原告が人格なき社団であること前認定のとおりであり、法人ならびに自然人が右「主催者」に含まれることは入場税法の全規定から見て明らかなところである。しかして、人格なき社団が右「主催者」に含まれるか否か、すなわちある租税法規上人格なき社団が納税義務を負うか否かは、もつぱら当該租税法規の解釈によつて定めるべきであつて、当該租税法規に、人格なき社団の納税義務に関する明文が存在しないことのみをもつて、ただちに人格なき社団に納税義務がないものと断定することはできないものと言わなければならない。
人格なき社団は、団体としての組織を有し、社会現象として社会生活上の一単位として実在し、社団法人に準じた地位を有するものとして活動しているもので、これを入場税法について考えれば、興行場等の経営または催物の主催をなし得る実体と法定地位を有するものということができるから、前記規定の文理上の解釈としては、「経営者」または「主催者」には人格なき社団も該当すると解せられること、さらに同法八条一項は、「別表の上欄に掲げる者が主催する催物が左の各号に掲げる条件に該当する場合において、第三項の規定による承認を受けたときは、当該催物が行なわれる場所への入場については、入場税を免除する。」と規定し、同法別表上欄において、「児童、生徒、学生又は卒業生の団体」「学校」「学校の後援団体」「社会教育法第十条の社会教育関係団体」(社会教育法一〇条は、「この法律で社会教育関係団体とは、法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするものをいう。」と規定する。)等明らかに法人格を有しない団体、一般に法人格を取得するのに適しない団体、通常法人格を有していない団体等を掲記しているのであつて、このように入場税法八条は人格なき社団等に納税義務があることを当然の前提として規定しているものと認められること、さらに入場税は、興行場等への入場について、その娯楽的消費支出に担税力があると認めて入場料金に対して課税するものであるから、租税負担者は入場者であり、「主催者」が法人であるか否かによつて取扱いを異にすることは、租税法における租税負担公平の原則に反するのみならず、興行場等への入場には原則として入場税を課すると定める入場税法一条の法意に反することになること、以上を総合判断すると、入場税法上人格なき社団も納税義務を負うものというべきであり、結局右に反する原告の主張は採用しがたい。原告の列挙する各税法は、それぞれ各税法独自の理由に基づいて、人格なき社団について明文規定をおいているものであつて、右各税法と対比して入場税法にかかる規定がないことをもつて、原告の主張を根拠づけ得るものではない。すなわち、所得税法五条は、納税義務者として、居住者、非居住者という個人ならびに内国法人、外国法人という法人を、法人税法四条は、納税義務者として、内国法人、外国法人という法人のみを、それぞれ掲げて規定しているため、あらためて所得税法四条および法人税法三条において、それぞれ人格なき社団は法人とみなす旨の規定を設けることを必要としたものであり、相続税法においては、納税義務者を個人に限定している(同法一条、二条)ので、人格なき社団に納税義務を負担させるにはその旨の規定が必要であるという理由によるものである(同法六六条参照)。
(二) 原告の主張第一の三の(二)について。
原告は、本件第一ないし第三課税処分の対象となつた原告の例会は、入場税法二条一項の「催物」に該当せず、したがつて原告は、同条二項の「主催者」ではない旨主張する。
なるほど前掲証人根岸幸夫、同宮森正義の各証言によれば、原告の例会出席者が原則として、原告の会員に限られていることは原告主張のとおりであるけれども、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一二号証の一、二、前記乙第一三ないし第一五号証、成立に争いのない乙第一六号証、同第一七号証、同第一八、第一九号証の各一、二、同第二〇号証の一ないし三、同第二一号証の一、二、同第二二号証の一ないし四、同第二三号証の一ないし三、同第二四号証の一ないし四、同第二六号証に証人根岸幸夫、同宮森正義の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、原告は前記のとおり人格なき社団として、個々の会員とは独立に、原告の名と責任において例会を開催し、会員に音楽などを観賞させる機会を与えていること、原告への入会は原則として自由であり、所定の入会金と会費を納入すれば、誰でも何時でも三人以上のサークルで入会することができ(例外的には個人でも入会し得る。)、脱会についても会費を納入しないことによつて、その理由の如何を問わず何時でも脱会し得るものであること、したがつて、例会当日当該例会のみを観賞するために、所定の入会金と会費を納入して会員となり、日割券の交付を受ければただちに例会会場へ入場し得るのに対して、当該例会の観賞を希望しない会員は、あらかじめ当該例会会費を納入しないことによつて、自由に脱会し得る仕組になつていること、例会会場への入場は、原告の会員が毎月金二五〇円以上の会費(金二五〇円を超過する部分は追加会費という。)を納入すると、それと引換えにサークルの代表者を通じて(個人会員の場合は原告から直接に)日割券の交付を受け、それを例会会場入口で呈示し、座席券を得て入場が許されることとされているが、会員であつても右日割券の呈示をしなければ、原則として入場が許されないこと、右日割券は譲渡禁止とされているけれども、事実上譲渡が皆無とは言えないこと、以上の事実がそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実に、原告の例会入場人員が、別紙目録(四)ないし(六)記載の各入場人員欄のとおり四三七名ないし一、三九五名であることの当事者間に争いのない事実を合せ考えると、前記日割券の交付は、一般興行における入場券、前売券の発売となんらその機能を異にするものではないというべきであり、本件各課税処分の対象となつた原告の例会は、個々の会員とは別個独立の社会的存在である原告自身が興行場において会員である多数人に見せまたは聞かせるため主催したもの、すなわち入場税法二条一項に規定する「催物」に、これを主催した原告は同条二項の「主催者」にそれぞれ該当するものと認めるのが相当である。
したがつて、この点についての原告の主張は採用できない。
(三) 原告の主張第一の三の(三)について。
原告は、原告の会費は、原告の会員たる身分の取得および存続の条件であつて、例会において音楽等を観賞するための対価ではなく、入場税法にいわゆる「入場料金」には該当せず、したがつて原告は「入場料金」を「領収」していない旨主張する。
前掲各証拠に、成立に争いのない乙第二五号証の一、二、証人牧野弘之の証言を総合すれば、原告は、「良い音楽を安くおゝくの人に」を趣旨に例会と呼ばれているもつぱら会員のために毎月定期的に行われる音楽会などの開催を主な活動としており、会員の活動の中心も毎月一回例会に参加して音楽などを観賞するところにあること、原告の活動に要する経費は、会員が毎月納める会費によつて賄われており、会員が一度でも会費の納入を怠ると、当然に会員の資格を失い例会に参加できなくなること、会費の額は原則的には原告の規約により定められているが、例会で上演されるものがオペラ、オーケストラ、バレエ、海外演奏家によるものなど特に多額の経費を要し、通常の会費のみでは不足するような場合には、原告におかれる委員会の決定により、通常会費にその不足分を加算した金額が当該例会に参加する会員の当月分の会費とされ、しかもこのような追加会費は毎月のように徴収されていて、決して例外と言えず、したがつて例会で上演されるものによつて会費の額が決まる実情にあること、会員から領収する会費は一律に会費名義で領収されるところ、右会費は、音楽家らの出演料、会場賃借料、機関紙の発行費用、資料代、通信費、事務局員の給料等にあてられているが、右以外のレクリエーション等の活動には殆んど支出されず、それらの活動に参加する会員の自己負担とされていることがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告が会員から徴収する会費の大部分は、直接間接に例会の経費として使用されており、原告の各会員も、主として例会に要する経費を分担する趣旨のものとして会費を支払つており、当該月の会費を支払つた会員はすべて例会に参加して音楽等を観賞する権利を取得するが、会費を支払わない会員は、当然に会員たる資格を失い例会に参加することができないのであるから、全体的、継続的関係においては、明らかに会員の例会において上演される音楽などの観賞のための入場と、その納入する会費とが対価関係にあることが認められるのである。しかも、実際の会費は各会員の参加する当該例会の内容、すなわち、上演されるものがリサイタル、軽音楽などあまり経費を要しないものであるか、オペラ、オーケストラ、バレエ、海外演奏家など特に多額の経費を要するものであるかによつて、個々に定められ異るものであるから、結局会員各自の会費は、その選択した例会における音楽会等への入場の対価であり、入場料金と認めるのが相当である。原告主張のように、会費の納入が一方では会員たる身分の取得および存続の条件となるものであつても、右のように解すべき妨げとなるものではない。したがつて、原告の会費の徴収は、入場税法にいう「入場料金」の「領収」に該当することは明らかであり、原告のこの点についての主張も理由がない。
(四) 原告の主張第一の三の(四)について。
原告は、音楽や演劇等の観賞という文化的生活に欠くことのできない行為を対象に租税を課する入場税法は、憲法二五条に違反する旨主張する。
しかして、そもそも租税法は、国家の活動(生存権を実質的に保障すべき責務の遂行も含まれる。)に必要な財源調達のため、国民の担税力に応じ、公平に課税を行うこと、換言すれば、国民が国家活動の財源の負担を公平に分担することを目的としており、かかる目的に適うものとして、国会において審議成立したものであり、これを入場税法についてみると、興行場への入場についてその娯楽的消費支出に対して、担税力があるものとして入場料金の一割の入場税を課そうとするものであり、かつ入場税の賦課により納税義務者ないし租税負担者が当然に憲法二五条一項に規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことができなくなるものではないから、入場税法は、国民の生存権を侵害するものでも、また、国家の生存権の実現に努力すべき責務に違反するものでもない。
よつて、原告のこの点についての主張も理由がない。
(五) 原告の主張第一の三の(五)について。
原告は、原告の行つている活動は、健康な音楽文化の育成という国家の義務をいわば代行しているものであり、国家はこれを援助すべきであるのに、かえつてこれに対して入場税を課することは憲法二五条に違反する旨主張する。
なるほど、国として国民がより良い音楽、舞踊等をより安く聞いたり見たりすることに対して、でき得るだけの援助をすることは憲法二五条の趣旨に鑑みて好ましいことではあるが、同法条は、国に文化国家建設の要請として、音楽文化一般の向上育成をはかる義務を法的に課しているものではなく、さらに、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六号証によれば、原告を含むいわゆる「勤労者音楽協議会」以外にも、数多くの音楽、映画等の催物を主催している人格なき社団が存し、それらはいずれも所定の入場税を支払つておりその一部は継続的な活動を行つていたことが推認できるのであつて、右事実ならびに前記原告の活動状態からみても原告が入場税を賦課されたからとて、その例会等の活動が従前と同様に行い得なくなるものとは認め難く、以上の諸事情を総合考慮すれば、原告に対する入場税の本件各課税処分は、憲法二五条一項に規定する国民の生存権を侵すものでないことは勿論、国が生存権確保のための措置をなすべき義務にも違反せず、結局この点についての原告の主張も採用できない。
三 以上のとおり、原告の例会は、入場税法二条一項の「催物」に、原告は、同条二項の「主催者」に、原告の領収した会費は、同条三項の「入場料金」にそれぞれ該当するところ、原告が別紙目録(四)ないし(六)記載のとおり、各催物の開催日欄の日に借り受けた開催場所欄の興行場において、各当該催物の種類、内容欄の音楽ないし舞踊を上演し、入場人員欄の多数人に見せ、または聞かせ、各人より一人一回の入場料金欄の金額を受領したことは、右領収金額が入場料金であるとの点を除いて当事者間に争いがなく、右領収金額が、入場税法にいう「入場料金」の「領収」に該ること前記認定のとおりである。
四 そうすると、被告の原告に対する本件第一ないし第三課税処分は、別紙目録(四)ないし(六)記載の課税標準額欄、入場税欄、加算税欄のとおり、右認定した一人一回の入場料金に入場人員を乗じた課税標準額に対して、適正な税率を適用して得られる税額を決定し、かつ適正な税率による入場税、無申告加算税を賦課したものとなるから、いずれも適法な課税処分である。
五 よつて、原告の被告に対する本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 青山惟通 裁判官 板垣範之)
目録(一)
昭和四一年四月二八日付横須間消二特第一一号による入場税および同加算税の各課税処分
月別 入場税額 加算税額
昭和四〇年一〇月分 九万二、五五〇円 九、二〇〇円
同年一一月分 八万六、八六〇円 八、六〇〇円
同年一二月分 九万九、三二〇円 九、九〇〇円
昭和四一年一月分 一三万五、二一〇円 一万三、五〇〇円
同年二月分 九万九、九三〇円 九、九〇〇円
計 五一万三、八七〇円 五万一、一〇〇円
目録(二)
昭和四一年七月三〇日付横須間消二特第二八号による入場税および同加算税の各課税処分
月別 入場税額 加算税額
昭和四一年三月分 一二万八、九七〇円 一万二、八〇〇円
同年四月分 一二万八、七一〇円 一万二、八〇〇円
同年五月分 一一万三、一一〇円 一万一、三〇〇円
計 三七万〇、七九〇円 三万六、九〇〇円
目録(三)
昭和四一年一〇月二八日付横須間消二特第六六号による入場税および同加算税の各課税処分
月別 入場税額 加算税額
昭和四一年六月分 一一万〇、六四〇円 一万一、〇〇〇円
同年七月分 一六万〇、六〇〇円 一万六、〇〇〇円
同年八月分 一四万六、一九〇円 一万四、六〇〇円
計 四一万七、四三〇円 四万一、六〇〇円
目録(四)
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目録(五)
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目録(六)
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